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作業との出会い_Meaninguful Occupation
先日、アンビリーバーボーで奥野敦士(ロッカーでロッカー中断中に怪我)さんの
お話しを特集していました。

私は以前、YouTubeでミスチル・桜井さんの動画を見ていたときに
たまたま出くわして、奥野さんの事を知り、ご本人のブログなどを拝見し、
感銘を受けていました。

夕食中にばったり出くわし、アンビリーバーボーを見入ってしまいました。

奥野さんが、「手を動くようにしてくれ」、「歩けるようにしてくれ」と求め続けて
いたら、どうだったのかな。それは今も思い続けていることとは思います。
でもその一方で、生きよう、生活しようという思いもあったから
この様な展開になったのだと思います。

彼は偶然カラオケに出会い、そこで「歌を歌う」という作業に出会い、
もう一度・・・となられたようです。

偶然、「意味のある作業」に出会えたことはとても良かったと思います。

私たち作業療法士は、この作業の提供、出会いを偶然ではなく、
クライエントに提供することが仕事だと思っています。
そして、番組中では看護師さんが腹圧を掛ける工夫をしていますが、
そのクライエントが作業を行える様、アセスメントして、利用できる機能、
回復可能な能力の見極めを行う事が仕事だと思っています。

生活行為向上マネジメント研修会に参加したこの日、
そんな事を想ったりしました。
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鯉のぼり・伝達講習
この日は快晴
火曜日は勉強会なので、この日も自転車通勤

途中、川に鯉のぼりが。
先週まで桜・・・桜だったが、すでに5月の準備である。

この日は、勉強会の後に伝達講習会。
週末金沢であったボバース法の伝達。

定員があったり、休日リハや家庭の都合等々なかなか皆が
参加できることはないので、参加者が伝達していこうと、
いうものだが、昔は当たり前にやっていたこと。

こんな事を声かけして「さぁ、やりますよ」的にしなくては
いけないのが最近の傾向?(ちょっと寂しい・・・)

手技的なものは作業療法ではどうかなと思うが、
急性期の患者さんが多いので、基礎知識としては頭においておいても
いいかなという感じ。

昔より、「活動」がテーマなんですという感じで説明されていたらしい。
身体機能ですと言わなくなったことは前進であるが、
機械的に日常動作を取り入れて「活動です」というのは、
すでに「Meaningful occupation 」で無くなっているんですよね~

ここを作業療法士は意識的に使わないと、「作業の誤用」で終わって
しまうと考えています。



一年の計
『一年の計は元旦にあり』・・・
子どもの頃、よく、親に言われ、それを信じ元旦にはわずかでも勉強していた気がする
今の時代、死語かな

そんな中、新聞コラムに良い記事を発見


めんたんぴんというロックグループがあるのだが、そこの佐々木忠平さんという方のコラム。
小松出身で、現在小松で氏曰く「田舎暮らし」をされている。


曲を聴いたことはないのだが
、このコラムでなかなか、ロックな話をしてくれている


そんなコラムで、今年考えたいテーマの一つとして「集団的な幸福感」があるそうだ。
「幸福とは個人的なものだが、日本人はそうは考えていない。」とし、「密かに米国が密かに願っている」,「個人主義故に『集団的幸福』を追い求めている」、
そして、この『集団的幸福』を「当たり前に思っているのが北陸人」,「その生きた姿を米国人に見せたのが松井秀喜」とある。


そんなコラムの横に、同じく画家?教育者?の丹羽俊夫さんのコラムが並んでいる。
そこには、『「嘘をついてはいけない」、「卑怯なことをしてはいけない」ことを日本ではひっくるめて「みっともないことをしてはいけない」という教えがあったが、今、この考えが失われている気がする』、『「お天道様が見ている」という考えを忘れてはいけない』とある


ここ数年、「自分さえ良ければいい」、「自分の好きな事をする為なら周りの人の事はどうでもいい」、と見受けられる人を見かけるようになった


自分自身は、「集団的幸福感」=みんなで幸福を、お天道様に恥ずかしくない事をしようという、こういうポリシーで挑みたいと思う







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